いとおかしき家族愛

いつか来るその瞬間まで

家族についてのあり方を考えさせられる今作ですが、個人的にも何かと響くところがあった。色々思い当たることはあるのだが、一番気になったのが家族関係における兄弟間の仲という点でしょうか。今作では長男の幸一と長女の滋子、次男の昌次という三人の子どもたちがいます。それぞれ親に思うところはあっても、唯一無二のものであるという点では大切に思っているのがよく伝わってきます。昌次について心配しているのも夫婦揃って心配されているのも、筆者個人にも色々と心当たりがある。

それよりも兄弟間がこうして普通に触れ合っているという関係が、逆に凄いと思えてしまう。なぜかといえば、世の中には兄弟、あるいは姉妹の仲が和解するのも難しいほどに悪いという事例を多々見かけるからだ。それこそ殺してやりたくなると、殺意を露わにする人もいるほど。思うところはあっても、いくら家族だからとはいえど過去に何かあればそれらが足を引っ張ってしまい、いつしか敵意を通り越して殺意という感情しか湧き上がってこない、あるいは最大の無関心というスタイルにも繋がってしまうこともある。

家族の幸せがにじみ出る作品なだけに、人によっては幻想でしかないと割り切る人もいるでしょう。

家族で観る映画

とある人の体験

親子としての関係もそうですが、兄弟それぞれの仲がまともに維持できているのが凄いと話した。これはとある人の体験談を聞かされたとき、誰もがそうではないと初めて知ったからだ。その人には兄がいるのだが、物心ついた頃から高校3年になるまでの間、暴言・暴力を含めたいじめを受け続けてきたという。反論すれば殴られ、理不尽な要求を拒絶すれば身体的な面で侮蔑の言葉で罵倒される、そんな毎日を過ごしていたという。それでも兄だから、という理由で気にしないでいたが、それが続くほど人間の精神は強靭ではない。

何よりその状況は10年以上も続けられ、自分の意に逆らうようなら殴り合いの喧嘩をしてでも従わせようとするほどだった。ここまで言えばわかるが、その兄は下の存在を兄弟ではなく、『使用人以下の家畜』としか見ていないのだと筆者は感じた。言ってしまえば奴隷のようなもの、そんな状況が続いたせいもあり、ついに反発する形で一度大喧嘩をして以来、会話もしなければ顔も見合わせない、そんな歪な関係になったという。個人的に満足している、唯一気に入らないのが血の繋がりがあることだけ、そう苦々しい顔で話していたので思わずゾッとする。

世にはそんな家族との関係を持っている人もいる。ちなみにこの方は両親や他の兄弟とは円満だというので、解決できるのではとも勧めようとしたがお節介にしかならなかったので言葉にするのは止めた。家族に対する理想や価値観、それはどんなに言っても歪でしかない関係になってしまうケースもある。

離れていれば

家族とは近すぎるからこそ、逆に見えない個人の本質を覆い隠してしまっていると思うことがある。東京家族でもそれをふと感じた場面があります。東京に来てから長女の滋子宅に足を運んだものの、長女は両親が家にいることをあまり喜べなかった。近々商店街の飲み会で自宅を使うため、いられては困るという側面があったため、長男の幸一と相談してホテルに宿泊してもらおうと話します。要するに厄介払いをしたかっただけなのですが、宿泊したホテルですることがないためただ部屋で過ごすしか出来なかったという周吉ととみこ。

東京に来た目的は『子どもたちに会うため』であり、決して観光目的ではなかった。ホテルに宿泊しても思うように寝られなかったため、連泊の予定を切り上げて長女宅に向かうとそこで本人は本音をぶちまけてしまうのだ。両親は思う、

『昔はあんなに優しい子だったのに』

そう回想しますが、何を持ってして優しいというのかが焦点になります。

これも仕方がない部分はある、訪れたといっても予定が全く無いわけではない子どもたちの都合では出来ることと出来ないことはどうしてもある。住んでいるところでの付き合いを考慮するならよりも優先するものだ。

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時間の経過で成長する子供も

今作で一番の成長ぶりが確認できるのは、昌次だろう。父は頼りないとしか見ていませんでしたが、それも心配してのこと。久しぶりに再開してもそれが変わらずだったためきつく言葉にしますが、後に婚約者である紀子の存在を知り、彼女のことがきっと息子の支えになるだろうと自覚します。

最後に息子のことをよろしくお願いしますと、そう頭を下げてお願いをしたシーンに心当たりがまだ無い人でも心を動かされたはずだ。東京家族の中でも名シーンに当たると言っても良い。明確なネタバレは避けますが、それでも家族としてのあり方が最初から最後まで現代社会によく似ているようにも思える特徴こそが今作一番のウリとなっています。

あの名作をリバイバル